2009年01月06日

人はそれを「偽善」と呼ぶ

ホームレスを食い物にするキリスト教 「派遣村」リポート(下)
http://news.livedoor.com/article/detail/3964048/

まず始めに断っておくが、ここでは、「年越し派遣村」がイデオロギーの道具にされているか否かということは問わない。

はっきりいって、これは情け無い。正月早々風邪を引いてしまったがどうしても書かなければならないと思う。

記事で引用されているキリスト教会は、大きく分けて2つのパターンがある。
一つは、失業者を自分達の施設に収容し、住居と食事の保障はしても、付属の店でただ同然か献金を要求して働かせるケース。
もう一つは、炊き出しの食事をバプテスマ(洗礼)を受けることと引き換えに与えるケース。説教や讃美歌を歌うことを食事の条件とするのもこのケースだろう。

まず、知識として(ホームレスでなくとも)知るべきは、
「洗礼はいきなり受けるべきではない」ということ。
中には、出会っただけで洗礼を施される教会もあるとは思うが、当人がイエス・キリストを救い主として信じているかどうか、というのが洗礼を受ける最低の条件であるとは思う(ここでは幼児洗礼については論じない)。それを確認もせずに食事を与える条件としての洗礼はないと思う。
また、洗礼というのは1度受ければよいものであり、食事の条件として何回も受けるのはおかしい。

今回の記事にはなかったが、通常洗礼を受けるということは、その教会のコミュニティにつながる、ということでもある。ホームレス達が有無を言わせず洗礼を受けたとしても、洗礼を授ける教会サイドにはそのホームレスを自分達のコミュニティに受け入れるという気はさらさら無いのだろう。
普通は、教会という場で信徒として時間をかけて教育されるのが筋なのだが、ホームレス達にコミュニティを作る教育もせずに、ただただ信者を増やすだけ、という自己目的にしかなっていない。

食事と引き換えに信徒にする。
それは表向きは「教会による慈善事業」かもしれないが、人はそれを「偽善」と呼ぶ。


それと、いちばん罪深いのは、それを野放しにしてきたキリスト教界全体にも言える事だろう。
「教会のカルト化」でもそうだったが、どうしても「臭いものにふた」をしているような気がしてならない。
特にこのようなことをするのは福音派が多いのだから、われわれ福音派の人間はしっかり見張っていく必要があるのだろう。
posted by とてくのん at 19:19| Comment(2) | TrackBack(0) | キリスト教
この記事へのコメント
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Posted by 軍曹 at 2009年01月06日 22:22
>軍曹 様
宣伝ありがとうございます(笑)。
そちらさんは「洗礼」はありませんから大丈夫ですね(って何が・・・)。
Posted by とてくのん at 2009年01月15日 21:03
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