2009年06月29日

キリスト教から「ファッション性」を取り除こう

最近、新興宗教の動向なんかをヲチしていたりするのだけど、
なんか、キリスト教から教義やら表現やらを借りてきて自分たちを定義するのに使っているのが目立つ。

かつてのオウム真理教の教祖も自分をキリストになぞらえていたが、仏教やヒンドゥー教を借用した教義であったため、あまりキリスト教サイドからは危険視されなかったが、ロシアから流していたオウムの放送局の名前は「エウアンゲリオン・テス・バシレイアス」であった。これは新約聖書が書かれた言語であるギリシア語で、「御国(みくに)の福音」という意味であり、新約聖書でも使われている表現である。そして、あの事件が起こってしまった。
あの事件後、オウムを継承する団体名は「アーレフ」となってしまった。
「アーレフ」とは旧約聖書が書かれた言語であるヘブライ語の最初の文字のことである。
・・・どうもオウムはキリスト教やユダヤ教から「何か」を借用したかったに違いない。

その「何か」とはなにか。

ワタシはキリスト教が世界で一番信徒数が多い宗教であることと、日本人がキリスト教に抱く「ファッション性」みたいなものがそうなのではないか、と思う。

その元凶はやっぱり「ミッションスクール」なのではないかと思う。今年は一応日本プロテスタント宣教150周年なわけなんだが、どうもプロテスタント宣教の歴史をみると、ミッションスクールの創立史みたいなのばかり出てきて、肝心のキリスト教はどうなっちゃったの、と思ってしまう。

そういうミッションスクール(カトリック学校も含め)は、今では偏差値が高く授業料も高い学校であり、(女子学校なら)お嬢様学校の代名詞になってしまっている。つまり、ミッションスクールは「キリスト者」を生み育てる場ではなく、「おしゃれなライフスタイルを身に着けたインテリ」を作り出す場となってしまったのではないか。

あと、戦後、GHQの宣教師送り込み政策でたくさんの福音派の教会ができることとなったが、そういう教会も「キリスト者」ではなく「アメリカナイズされた宣教師の生活に憧れる日本人」を作り出してしまったのではないだろうか。

そうなると、キリスト教が人生について真剣に考える宗教ではなく、ファッションと化してしまい、そういったファッションでしかないキリスト教を、新興宗教を興す人たちが飛びついてしまったのではないか、と思われる。

もう、われわれキリスト者は、キリスト教から「ファッション」を捨て去るべきなのかもしれない。外見を繕うのではなく、内面に向かっていくべきだと思う。
posted by とてくのん at 20:53| Comment(1) | TrackBack(0) | キリスト教
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