2010年03月29日

受難週なので「最後の晩餐」ネタ

「最後の晩餐」の食事、ここ1000年で大盛りに(Excite 世界びっくりニュース)

キリスト教絵画における「最後の晩餐」のテーブルに載っている食事を研究したら、1000年で量が多くなっている、というもの。
しかも、この研究論文が、肥満研究の医学誌に載ったというのが笑える。

でも・・・最後の晩餐って、もともとはユダヤ教の過越祭の食事で、基本は「犠牲としての焼いた子羊」と「急ごしらえを象徴する種入れぬ(発酵させない)パン」なのだけど(あと苦菜とかいろいろ加わる)、キリストが弟子たちと取られた食事は聖書ではパンとぶどう酒以外は何なのかはあまりはっきりしていない。
十字架で刑死するキリストを「過越の(犠牲の)子羊」になぞらえるのはずっと後のこと。

まぁ、キリスト教絵画っていうものは、画家が生きた時代・文化に影響されるわけなんだが、日本人だって「最後の晩餐」を書いている。中でも版画作家の渡辺禎雄の作品なんか、
テーブルの上に鯛が丸ごと一匹置かれているし、お寿司もあるそうな。
ここのPDFファイルの一番最初のページ参照)

こういうキリスト教絵画の研究でやってみたいのは、
「イエスの髪の毛の長さ」ですね。
「ロン毛」で知られるイエスですが、
ヒッピーがブームだったころのアメリカの聖書物語の絵本に出てくるイエスは、軒並み髪の毛が短かったのです。
これは面白いかも知れない・・・。


posted by とてくのん at 22:20| Comment(1) | TrackBack(0) | キリスト教

2009年07月10日

「Jesus Camp」という映画

最近、2ちゃんねるとかで「ジーザス・キャンプ」というドキュメンタリー映画が話題となっているが、
日本ではまだ未配給の映画で、町山智浩氏がテレビで取り上げて以来注目を集め、動画サイトでは結構人気のようである。
あまり詳しいことはわからないのだが、つまりは「アメリカの福音派のキャンプに参加した子供たちを追ったドキュメンタリー」ということのようだ。

で、検索すると、日本人のブログなんかでは、ほとんどキリスト教原理主義に対する「キモい」「怖い」という印象しか残していないようだ。

でも、これって、
日本でも福音派のキャンプ場で何十年も前から同じようなことやっていますけど・・・と言っておこう。
たいていは、「子供をこんな洗脳キャンプで洗脳する福音派は怖い・・・」という意見なんだけど、こういうキャンプはたいていは福音派の家庭の子供たちが参加するのであって、統一協会の研修のように正体を隠して参加させているわけではない。
それと、福音派というのは、幼児洗礼を行う教派が少ないので、早く信仰告白させて洗礼を受けさせたいのがクリスチャンホームの親の思いなわけで、そうなるとキャンプで教育させるのが手っ取り早いわけ。
(あと、日本だと、クリスチャンが少ないから、同世代のクリスチャン友達を作る場としてキャンプは最適なんだよね。)

まぁ、本編をきちんと見たわけではないので、これ以上は語らないけど、福音派としてちゃんと語っておきたいのでとりあえず。
posted by とてくのん at 19:06| Comment(1) | TrackBack(0) | キリスト教

2009年06月29日

キリスト教から「ファッション性」を取り除こう

最近、新興宗教の動向なんかをヲチしていたりするのだけど、
なんか、キリスト教から教義やら表現やらを借りてきて自分たちを定義するのに使っているのが目立つ。

かつてのオウム真理教の教祖も自分をキリストになぞらえていたが、仏教やヒンドゥー教を借用した教義であったため、あまりキリスト教サイドからは危険視されなかったが、ロシアから流していたオウムの放送局の名前は「エウアンゲリオン・テス・バシレイアス」であった。これは新約聖書が書かれた言語であるギリシア語で、「御国(みくに)の福音」という意味であり、新約聖書でも使われている表現である。そして、あの事件が起こってしまった。
あの事件後、オウムを継承する団体名は「アーレフ」となってしまった。
「アーレフ」とは旧約聖書が書かれた言語であるヘブライ語の最初の文字のことである。
・・・どうもオウムはキリスト教やユダヤ教から「何か」を借用したかったに違いない。

その「何か」とはなにか。

ワタシはキリスト教が世界で一番信徒数が多い宗教であることと、日本人がキリスト教に抱く「ファッション性」みたいなものがそうなのではないか、と思う。

その元凶はやっぱり「ミッションスクール」なのではないかと思う。今年は一応日本プロテスタント宣教150周年なわけなんだが、どうもプロテスタント宣教の歴史をみると、ミッションスクールの創立史みたいなのばかり出てきて、肝心のキリスト教はどうなっちゃったの、と思ってしまう。

そういうミッションスクール(カトリック学校も含め)は、今では偏差値が高く授業料も高い学校であり、(女子学校なら)お嬢様学校の代名詞になってしまっている。つまり、ミッションスクールは「キリスト者」を生み育てる場ではなく、「おしゃれなライフスタイルを身に着けたインテリ」を作り出す場となってしまったのではないか。

あと、戦後、GHQの宣教師送り込み政策でたくさんの福音派の教会ができることとなったが、そういう教会も「キリスト者」ではなく「アメリカナイズされた宣教師の生活に憧れる日本人」を作り出してしまったのではないだろうか。

そうなると、キリスト教が人生について真剣に考える宗教ではなく、ファッションと化してしまい、そういったファッションでしかないキリスト教を、新興宗教を興す人たちが飛びついてしまったのではないか、と思われる。

もう、われわれキリスト者は、キリスト教から「ファッション」を捨て去るべきなのかもしれない。外見を繕うのではなく、内面に向かっていくべきだと思う。
posted by とてくのん at 20:53| Comment(1) | TrackBack(0) | キリスト教

2009年06月28日

バアルとアシュトレト(もしくはエルとアシェラ)

聖書の預言者たちを悩ませた土着の宗教に、「バアルとアシュトレト(アシュタロテ)」崇拝というものがある。
なにせ、「バアル」というのは「主」「主人」「所有者」というような意味があり、アシュトレトはバアルの妻であり、どちらも土地や収穫にかかわる信仰である。
アシュトレトは太古の大地母神崇拝からつながっているとも言われているし、新共同訳聖書の後ろにある解説文をみると、ヴィーナスにもつながるようだ。ローマのヴィーナスはギリシアのアフロディテとほとんど同じようなものであるから、おのずとアフロディテにもかかわってくるのだろう。
また、同じような女神に「アシェラ」というのもあり、列王記で預言者エリヤがものすごい対決をしたのがバアルとアシェラ崇拝であった。アシェラも新共同訳の解説文によると「エル」という神の配偶神ではないか、という説があるそうだ。

最近、ある宗教団体が政党を建て、今度の総選挙で全選挙区に候補を立てるといっているが、そこの教祖は仏陀であると同時に「神」であると自称しているらしい。その教団の神とは教祖に向かって「主」と呼んでいるようだ。
また、教祖には妻がおり、現在政党の党首を務めている。

ワタシは、「バアルとアシュトレト」とか「エルとアシェラ」のようなカナン地方の夫妻神崇拝がこの日本で繰り返されているのではないか、と思った。それも「個人崇拝・特定の人間を崇拝」という個々の人間の尊厳を貶める方法によって。
posted by とてくのん at 13:01| Comment(1) | TrackBack(0) | キリスト教

2009年04月09日

『キリスト教ハンドブック』に改訂版が出た(3)

まだこのネタで引っ張るのか・・・と叱られそうですが。

前回のエントリで、この本を書かれたある先生にコメントを頂きました。
(今頃は受難週とイースターで忙しそうですので、こちらからのレスポンスは落ち着いてからにしようと思っております。)

コメントによると、やはり遠藤周作先生は冒頭のコラムを寄せただけだそうです。

本当の編者は、牛込キリスト教会の佐藤陽二先生ですね。
あとお書きになられたのは、大阪キリスト教短大の石黒則年先生と、日本合同キリスト教会の花房譲次先生、大井尚先生、大井満先生、そして聖学院中学・高校のチャプレンをされてます中川寛先生ということで、すべてプロテスタント系の方でした。

ハンドブックとしてはボリューム的には申し分は無いのですが、改訂するのであれば、カトリックや聖公会、ルーテル教会や正教会などの方も執筆陣に加わって下さるとバランスが取れて良かったのかな、と思います。特に遠藤先生がらみで、カトリックからの視点が無いのは非常に残念でした。

最近、ワタシも『聖☆おにいさん』を取り上げていますけど、mixiの同コミュニティを見ていますと、仏教やキリスト教についてきちんとした知識が欲しい、という人が多いような気がします。
たとえば、イエスが着ているTシャツに書かれている
「魚×2 パン×5」や、「ヨシュア」の意味は何なのか、
また、「イエスが陶芸をやろうとすると作品がパンに変わってしまう」といったギャグは何を元ネタにしているのか、という問いにクリスチャンとして答えることは簡単ですが、その奥に隠されている意味はなかなか伝わりません(仏教サイドでブッダについてのネタもそうだと思います)。

手っ取り早くキリスト教についてバランスの取れた資料が欲しい、という需要はあるのだと思いますが、なかなか理想のものは出てきませんね・・・。
posted by とてくのん at 19:48| Comment(5) | TrackBack(0) | キリスト教