2009年03月14日

立川観音センター(笑)

いのちのことば社の直営キリスト教書店が立川にある。
店の名前は「オアシスブックセンター」。

ここはかつて、どこの系列にも入っていないキリスト教書店で、
名前を
立川福音センター
と言った。

当然のことながら、キリスト教関連の本しか扱っていないのだが・・・。

こないだYahoo!地図を見てぶったまげた。

立川観音センター

・・・orz

「ふくいん」と「かんのん」って・・・
福音書・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E9%9F%B3
観音菩薩・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E4%B8%96%E9%9F%B3%E8%8F%A9%E8%96%A9

・・・ま、どっちも「世を救う」ということが共通項のようです(笑)。

(4月6日追記:Yahoo!の地図が変わったようでして、現在は「観音センター」も消えてしまいました。)
posted by とてくのん at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年01月15日

ソウルのコストコでフードコート

あまり堅苦しい話題ばかりだとアレなんで、こんなことも書いてみたいと思います。costco1.JPG
先月、韓国・ソウルに行ってきました。円高ウォン安を満喫しようと思い、「コストコ(Costco)」へ行ってみました。

ちなみに、英語では「コスコ」のような発音なのですが、韓国では日本と同じように「コストコ」と発音するみたいです。
コストコは会員制卸売の店なのですが、日本で作成した会員証は全世界で有効です。ですから韓国の店ももちろん入店可能です。

さて、今回行ったのは、「上鳳(サンボン)店」です。ここは地下鉄の駅からも近く、バスに乗れるのであれば中心部から1本で行けるので日本の観光客にもお薦めします。

行き方:地下鉄7号線上鳳(Sangbong)駅(720番の駅)から九里(Guri)方面へ歩いて10分も掛からないくらい。映画館「上鳳シネマ」の隣です。
バスの場合は、汝矣島発の青いバス「262番」で上鳳駅(Sangbong Stationと英文併記あり)下車。このバスは「鐘路1街」とか「東大門」を通りますので中心部から行くならバスがベター。

2.JPG
コストコといえば、フードコートでホットドッグとかをいただくのが好きなのです。
わざわざソウルまで行ってコストコのホットドッグ?といわれそうですが、そこは恥も外聞も捨てて食べてみましょう。
ちなみに、ホットドッグは2000ウォン、スライスピザは2500ウォン、チキンベイクとプルコギベイクは3500ウォンです。

SN3F0070.JPGとりあえず、ホットドッグとピザとプルコギベイクです。
なんと、お皿とフォークやナイフといった食器類は使い捨てではありませんでした。ちゃんと下げ場があり、使い終わったらそこへ下げておきます。ホットドッグに添えるケチャップ・マスタード・玉ねぎ・ザワークラウトは備え付けでありますが、レリッシュ(刻んだピクルス)は袋に入ったものが添えられていました。


SN3F0071.JPGピザは日本同様数種類あるのですが、韓国らしい「プルコギピザ」なんていうのがありました。

もちろん、コレを全部一人で平らげた、というわけではありませんのでご心配なく・・・。

コストコ内部は日本と変わらないレイアウトですが、商品はやはり韓国のものが多かったです。中には、高麗人参を蒸して「紅参」にする専用の電気蒸し器なるものが山積みになっていたり、ヒラメが生け簀にたくさんいて、その場でおろして刺身にしたりするサービスもあるようです。牛肉も焼肉店のような骨付きカルビの飾り包丁入りみたいなのがありました(あれ?アメリカ牛はもうOKなの?)。
あと、コストコで韓国のりなど、お土産を買うのは安くて良いのですが、会員証は全世界で有効とはいえ、作成国以外の国ではレジがすんなり通らないので、日本のカードだと事前に告げたほうがよさそうです(英語でもOK)。あと、外国のクレジットカードが使えないので、現金をたんまり持っていくしかありません(泣)。


ちょっと宣伝です。

・ソウルシティパス オンラインショップ

ソウル市内の鉄道・バスが(ほとんど)乗り放題の「ソウルシティパス」、日本国内でも購入が可能です。
また、Suicaのようにチャージして使う交通系電子マネー「T-money」も通信販売しています。
レート的にはお高めですし送料も掛かりますが、ツアーで行かれる方で空港のコンビニに寄る時間が無いとか、駅やバスでの言葉のやりとりが心配な方は事前に購入してみるのもいかがでしょう。
なお、「ソウルシティパス」のみ、羽田空港などの店舗でも販売しています。
http://www.surutto.com/conts/ticket/seoulcitypass/index.html
posted by とてくのん at 21:55| Comment(4) | TrackBack(1) | 雑談

2009年01月06日

人はそれを「偽善」と呼ぶ

ホームレスを食い物にするキリスト教 「派遣村」リポート(下)
http://news.livedoor.com/article/detail/3964048/

まず始めに断っておくが、ここでは、「年越し派遣村」がイデオロギーの道具にされているか否かということは問わない。

はっきりいって、これは情け無い。正月早々風邪を引いてしまったがどうしても書かなければならないと思う。

記事で引用されているキリスト教会は、大きく分けて2つのパターンがある。
一つは、失業者を自分達の施設に収容し、住居と食事の保障はしても、付属の店でただ同然か献金を要求して働かせるケース。
もう一つは、炊き出しの食事をバプテスマ(洗礼)を受けることと引き換えに与えるケース。説教や讃美歌を歌うことを食事の条件とするのもこのケースだろう。

まず、知識として(ホームレスでなくとも)知るべきは、
「洗礼はいきなり受けるべきではない」ということ。
中には、出会っただけで洗礼を施される教会もあるとは思うが、当人がイエス・キリストを救い主として信じているかどうか、というのが洗礼を受ける最低の条件であるとは思う(ここでは幼児洗礼については論じない)。それを確認もせずに食事を与える条件としての洗礼はないと思う。
また、洗礼というのは1度受ければよいものであり、食事の条件として何回も受けるのはおかしい。

今回の記事にはなかったが、通常洗礼を受けるということは、その教会のコミュニティにつながる、ということでもある。ホームレス達が有無を言わせず洗礼を受けたとしても、洗礼を授ける教会サイドにはそのホームレスを自分達のコミュニティに受け入れるという気はさらさら無いのだろう。
普通は、教会という場で信徒として時間をかけて教育されるのが筋なのだが、ホームレス達にコミュニティを作る教育もせずに、ただただ信者を増やすだけ、という自己目的にしかなっていない。

食事と引き換えに信徒にする。
それは表向きは「教会による慈善事業」かもしれないが、人はそれを「偽善」と呼ぶ。


それと、いちばん罪深いのは、それを野放しにしてきたキリスト教界全体にも言える事だろう。
「教会のカルト化」でもそうだったが、どうしても「臭いものにふた」をしているような気がしてならない。
特にこのようなことをするのは福音派が多いのだから、われわれ福音派の人間はしっかり見張っていく必要があるのだろう。
posted by とてくのん at 19:19| Comment(2) | TrackBack(0) | キリスト教

2008年12月27日

クリスピークリーム@ソウル

SN3F0075.jpg近所に有るのに、わざわざソウルまで行って買っているワタシって…。
posted by とてくのん at 14:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2008年12月01日

キリスト教゛界用語が・・・

こんな本を買ってみた。
アメリカの宗教右派 (中公新書ラクレ)
飯山 雅史
中央公論新社
売り上げランキング: 1397


まぁ、アメリカの宗教右派(おもに福音派)のベーシックな知識を教えてくれる本なんだが・・・

気になるものが1つあった。

この本では「Baptist」という語に「バプチスト」という語を与えている。「バプティスト」でも「バプテスト」でもない。「バプチスト」である。

この手の研究書なら英語の発音に近く「バプティスト」と表記するのが普通だし、日本のBaptist系の教派は軒並み「バプテスト」の表記を用いる。

このことでもそうなんだが、どうも「キリスト教を研究する側」と「キリスト教界の中にいる側(ワタシはコレを「教゛界」と呼ぶ)」とで用語の統一がなされていない。

実は、旧文部省が『学術用語集』を作った事があったが、
その中に「キリスト教学編」というのがあった。
今ではオンラインで調べることが可能である。
http://sciterm.nii.ac.jp/cgi-bin/reference.cgi
実は上記の本でも『学術用語集』を参照にしているのだが、『学術用語集』でも「Baptist」は「バプテスト」である。著者には、犬養道子がカトリックをわざと「カトリク」とするように、何かこだわりでもあるのだろうか?。

バプテストばかりではない。「Methodist」は学術書だと「メソディスト」、教゛界だと「メソジスト」だったりする。

つまり、「教゛界」というのが内輪の人間は気づいていないものの、実は閉ざされた世界であって、それを外部の人間が知りたくてもなかなか公開されない世界なのだ、ということなのかもしれない。「教界」だけではなく、個々の「教会」のレベルでもそうなのだろうと思う。

教会は敷居が高い、とクリスチャンじゃ無い人によく言われるが、
教会の中で何が行われているかをクリスチャンは表に出してこなかったんじゃないかと思う。
別に秘密結社とか、秘儀を行う怪しい宗教※では無いのだから、どんどん情報公開はすべきだと思う。

※ここでは「聖餐式の秘儀性」については問題にはしない。

posted by とてくのん at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教

2008年10月03日

『蜘蛛の糸』のキリスト教版?(とてくのんアーカイブ)

過去の「とてくのん.com」より記事を選り抜いてお送りします。2005年1月31日に書かれたものです。

DATE: 01/31/2005 11:04:33 PM

芥川龍之介といえば、『蜘蛛の糸』があまりにも有名ですが、あまりにもそっくりな小説があるのをご存知でしょうか。
セルマ・ラーゲルレーヴの『キリスト伝説集 改版』に収められている「わが主とペトロ聖者」というお話がそれ。この本は、ラーゲルレーヴがキリスト教圏の伝説を集めたもので、ヨーロッパ各地にこれと同じような伝説が語られていたりしているようです。

「わが主とペトロ聖者」というお話のあらすじは、
「地獄に落ちている自分の母を救うため、天国のペトロ(ペテロ)は主に懇願する。
主イエスは天使を遣わして、ペトロの母を救い出そうとするが、天使が地獄にやってくると、たくさんの亡者たちが、救われようとして天使にすがりつく。しかし、ペトロの母は自分だけ救われればよいと他の人たちを引き剥がしてしまう。天使がようやく天国に着こうとしたところ・・・」
という感じなんですが、ほとんど構造は『蜘蛛の糸』と同じような感じです。

ただ、芥川はこの「ペテロの母伝説」を基にして、『蜘蛛の糸』を書いたのではないか、という説があるようです。芥川の短編には、『奉教人の死』や『きりしとほろ上人伝』などキリスト教の伝説を日本風にアレンジした小説があり、その延長で「ペテロの母伝説の仏教版」、つまり『蜘蛛の糸』を書いたのでしょうか?

※Wikipediaに記事がリンクされておりましたので、再度掲載させていただきました。
posted by とてくのん at 21:29| Comment(1) | TrackBack(0) | とてくのんアーカイブ

小説『商道』は朝鮮時代の“キリシタン物語”だ

韓国ドラマにはまっています(笑)。
特に「チャングムの誓い」のイ・ビョンフン監督の史劇が面白いのだけれど、最近BS朝日で見たのが、
「商道(サンド)」。
http://www.koretame.com/sando/
10月27日から再放送があるので、BSデジタルある方はぜひ。

で、コレは、朝鮮一の高麗人参商人、イム・サンオクの一大成功記なのだけれど、ベースは同名の小説。
商道 下 (ランダムハウス講談社 チ 2-3)
崔 仁浩
ランダムハウス講談社
売り上げランキング: 204037


地理や風俗などについて知りたかったため、読んでみたものの、これは違った面で面白かった。
なぜかというと・・・続きを読む
posted by とてくのん at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教

2008年09月16日

『聖☆おにいさん』に見るイエス(1)





巷で話題となっている、『聖☆おにいさん』。
現在2巻まで出ておりますが・・・。

まず始めに断っておきますが、ワタシは日本人によく見られる、どの道を登っても同じ頂上にたどり着けるような宗教観は持っておりません。どうしても一神教であるところのキリスト教というものに惹かれているわけでして、ブッダとイエスが同居する様な世界観の中にはいないのであります。
ただ、このマンガを「神(や仏)への冒涜だ」と叫んだところで日本人の大半が理解するかどうかは困難であり、「立川在住」であるワタシにとって、ご両人(笑)に妙な親近感も覚えてしまうゆえ・・・。

一応、ブッダとイエスが天上からバカンスのために降りてきて、立川のしがないアパートで生活する様を描くギャグマンガなのですが・・・。

ブッダとイエスは、ブッダが手作りでプリントするユニークなTシャツを着て(冬はセーター)いるわけなのですが、Tシャツのネタは仏典やキリスト教の文書に出てくる表現をネタにしており、典拠を探るだけでも面白いのです。
残念ながら、仏典には疎いのですが、イエスのTシャツの表現はキリスト教についてかなり勉強しないと理解できないレベルなのに驚きました。

第1巻をひらくと目に留まるカラーページでは、蓮の花の上で、
「仏顔×3」と書かれたTシャツを着たブッダと、
「ヨシュア」と書かれたTシャツを着たイエス
が描かれていますが、「ヨシュア」がイエスのヘブライ語読みであるということに気づく人はそう多くないと思われます。
ちなみにヨシュア(イェシュア又はイエホーシュア、「ヤハウェは救い」の意味)のギリシア語形が「イエスース(イエスス)」であり、旧約聖書の「ヨシュア記」のヨシュアのように、何も特別な名前ではありませんでした。
また、新共同訳の『旧約聖書続編*』の「シラ書[集会の書]」には、
わたしの祖父イエススは・・・(序章7-10)とあり、まとめたのは「イエスス」という人の孫であったことが分かります。

*旧約聖書続編・・・ヘブライ語の聖書がギリシア語に訳された「70人訳聖書」の中で、ヘブライ語原典には無いいくつかの書が追加されたが、この"いくつかの書"が「外典」としてカトリックや正教会で使用されてきたが、プロテスタントでは使用を認めなかった。カトリックとプロテスタントの共通使用のために作られた「新共同訳」では、「外典」を認めるカトリックのために「旧約聖書続編」という名前で追加。もちろん、プロテスタント用に続編がないものを買い求めることも出来る。
ただし、旧約と新約の中間の時代のことが著されている「マカバイ記」などは聖書の歴史を学ぶ上では不可欠なものとされており、プロテスタントでも資料として手に入れる人は多いと思われる。なお、「シラ書」は旧約の「箴言」に通じるような格言集。

長くなりましたので続きはまた。

posted by とてくのん at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | アート

2008年08月17日

地域での教会のつながりを!

ワタシが現在通っている教会は、教会学校に通うような子供は一人も無く、家族ぐるみで出席しているような人も皆無で、「限界集落」ならぬ「限界教会」になってしまっている。
出席者は10数人、礼拝の司会者はほぼ固定されてたしまっている。ただ、どうしてもこの教会ではないとダメという老信徒が、延々遠い県から電車を乗り継いでやってくるほど慕われているので、存在が脅かされるというほどのものではない。

ワタシの住んでいる立川という町は、米軍基地があった影響で、キリスト教会が多かったところでもある。中心部の再開発のおかげで、教会は立川でも中心部から離れたところに点在するようになっていったが、比較的大きな規模の教会が中心部の周辺にいくつかあるのは、基地の名残りなのだろうか。

で、非常に気になる点が一つ。
立川地域の教会の交流がほとんど無い、ということ。
以前住んでいた八王子では、「連合イースターのつどい」のようなイベントを立ち上げるほど、
教派の壁を越えた教会同士の交流が盛んであったが、立川に移るとそれがまったく感じられない。
しかも「羊の取り合い」に懸命になっている教会が多く、「わが仏尊し」ならぬ「わがキリスト尊し」状態に陥っている感がある。
前にも取り上げたAERA問題でも、単立教会に対するチェック機能が無いことが指摘されているが、教団所属の教会の場合、教団の中だけで問題を解決しようと試みているのではないのだろうか。
また、地域にキリスト教会があるということを対外的にアピールするには、地域の教会同士の交流は不可欠なのではないか、と思う。クリスチャンじゃ無い人にとって、いろんな教派の教会が自分の町にいくつもあるということが変なことだと思うのだから、教会は怪しいところじゃないということは常に発信し続ける必要があり、そのためにも地域の教会の交流をすべきだと思う。



posted by とてくのん at 20:33| Comment(7) | TrackBack(0) | キリスト教

2008年07月21日

AERA問題再び

ブログを休止していた時に、「AERA」にキリスト教会における性的虐待問題が浮上したのだけど、そのときワタシはJECAからまさにAERAに掲載されたある教団の一つの教会に転会して間もないころであった。この問題に対して、教団サイドでもHPに文書が掲載され、セクハラ問題相談室も設けられたほど、教団として深刻な問題として捉えてはいたのだが、AERAに掲載されたということで問題が再燃してしまった。

さらに、先週土曜日に発売された「AERA」7月28日号では、3つの単立系キリスト教会における虐待(性的・肉体的)問題が浮上してしまった。
もちろん、これらの問題もネット掲示板などでは取り上げられてはいたのだけれど、単立という性格ゆえ「上からの介入」が出来ないために、訴訟沙汰になって初めてキリスト教(特に福音派の中)では浮上した問題であり、「スクープ」でもなんでもない。

実は、この問題の根幹にあるのは「『信仰』という名の虐待」というカルト化した教会の問題である。
「信仰」という名の虐待 (21世紀ブックレット)
パスカル ズィヴィー 志村 真 福沢 満雄
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上記の本が書かれたのは、2002年のこと。
当時はカルト化した教会問題について、具体的な教会名は出さずに、問題が出ているという程度であったけれど、今ではキリスト教系雑誌やサイトに、教会名を挙げて告発し、訴訟問題に発展していくというケースが見られる。

今回AERAで取り上げられた教会の一つ、「ハレルヤ・コミュニティ・チャーチ(HCC)」については、マルコーシュ・パブリケーションというペンテコステ系の出版社が出している「ハーザー」という雑誌が、ちょうど6月号・7月号に特集として取り上げている。
それと、「沖縄キリスト福音センター」のケースだが、信仰のために治療を放棄させる問題というのは、かなり昔からある典型的な「信仰による虐待」のケースだが、ハーベスト・タイムの中川健一師も一時期カルト化から回復させようと試みたらしい(どうも失敗したみたいだけど)。ただ、この教会は『悪霊と聖霊の舞台―沖縄の民衆キリスト教に見る救済世界』とか(未見ですが)、『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』あたりではそこそこ好意的に書かれていたのではないか。沖縄的な文化・習俗とキリスト教がミックスしてしまうという日本の一般的な教会とは別の問題も抱えていると思う。
本日、↓の本を手に入れて読んだけれど、AERAで取り上げられた3つの教会の問題の根幹は同じだということを痛感した。
“「信仰」という名の虐待”からの回復 (21世紀ブックレット 37)
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普通、キリスト教会に未信者が行く場合、聖書をほとんど理解していない状態であると思う。カルト化した教会の牧師はそこを利用して、自分勝手な聖書の解釈を押し付け、「自分で考える」ということをさせないようにする。そして「羊化」というか「ロボット化」させ、教会のメンバーとして洗礼を受けると、完全に牧師の奴隷と化してしまう。
そうなればしめたもので、暴力を振るおうが、性的関係を迫ろうがすべて牧師の思うがまま、という悲劇が待っているわけである。

ただ、問題は、そのような教会から幸いにも抜け出した信徒達が、他の教会に移るなり、一般社会に出て行くに当たって、罪悪感を抱きながら生活せざるを得ないという状況であり、カウンセリングやサポートが必要なのであるが、既存のキリスト教会でなかなかそこまで至らないのが現状ではある。特に性的被害を受けた女性のためのサポートは急務である。

とにかく、福音派の教会で、「自分達の教会はカルト化しない」と思っている教会が危ないと思う。
「善悪二元論」や「教会の外はサタンの世界」などの教えは通常の教会でも考えられることであり、そこから牧師や教会の責任者だけではなく、信徒一人一人が疑問を持ち、自分の頭で考えることをしないと、その教会がカルト化する危険性があると思う。
posted by とてくのん at 21:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記